刺青を入れることは偏見を持ってくださいと宣言するのと同じだ!

投稿日時:2017-09-07 03:00:39

投稿ユーザー:匿名

タグ:ヤクザ, 入墨, 偏見, タトゥー

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「刺青への偏見が強すぎる。」というエントリーが話題になった。

偏見?

日本において、入墨に偏見などない。入墨は紛れもなくヤクザの象徴だ。

これはかつて牢人の印として入墨シていたところからきている。それが転じて「ワル」や「やんちゃ」だったというのが「粋」として一目置かれた時代もあった。いわゆる「昔は悪かったアピール」である。
ドラマの「遠山の金さん」が入墨を入れたのは家督を継ぐことがない三男坊でやさぐれていたため、放蕩生活の末に入れたものとされている。

ここから発展してヤクザが一般社会と隔絶し、任侠の世界に生きることを表明するために入墨が用いられるようになる。
こうしてヤクザと入墨がリンクし「入墨を見せるだけで一般市民を威嚇することができる」という威嚇の道具に変化していった。

日本では「入墨はヤクザやチンピラが入れるもので、一般市民は恐怖を感じる」というのが日本の常識だ。
その証拠に、最高裁の判決でも入れ墨をした人物が大衆浴場に侵入して実刑判決を受けた。入墨を入れた人物が施設にいることは業務妨害であり、不法侵入にあたる。

入墨擁護派の意見に「海外だと文化として入墨を入れる」というものがある。文化的違いを尊重するべきだということだろう。

この考え方は決定的に間違っている。

ここは日本だ。
大切にするべきは日本の文化であって、観光客の文化ではない。
海外の文化を振りかざす擁護派に逆に問うが、日本人が海外に行って日本の文化を押し通したらどうなるか。ハラールを破って豚肉を食べたら、食べさせたらどうなるか。禁酒を破って飲酒したらどうなるか。公共の場でタバコを吸ったらどうなるか。

「日本には○○という文化があるから不問にします」
とは、絶対に言われない。
「郷に入っては郷に従え」が、世界のスタンダードだ。

入墨を入れるという行為は、肌を見せるような公共の場を利用する権利を自らの意思で放棄するのと同じだ。
日本で入墨を入れる行為は
「一生涯、反社会勢力の一員だと思われて、
公共の場で肌を出さず、
公務員にもならず、
婚姻を解消されるても構わず、
子供への悪影響があったもかまわない」と宣言するのと同じだ。

「こんなに不自由があるなんて知らなかった。」「刺青への偏見が強すぎる。」などという主張は全く的外れで世間知らずな主張だ。

追記あり

https://anond.hatelabo.jp/20170902000725

引用の本文:刺青への偏見が強すぎる。個々の好き嫌いの話なのに、それを社会的に認められないのはなんでなんだろう?まず最初にはっきりと確認しておきた…

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